気が付くと、もうそろそろ太陽は光ることに疲れてきたようで、
星や月の光に全てを任せて眠りにつこうとしている。
森という場所柄、あまり暗くなりすぎると危険が生じるだろう。
リルグもまだ見つかっていないけれど、一旦ギルドに帰ることにした。
私は立ち上がり、お尻に付いた砂を払って歩き出す。
明日になってまだリルグが見つからないのなら、気乗りはしないけど、
リドに状況を話した方が良いかもしれない。
比較的安全なこの街でも、誘拐という事件は起こりうる。
それにリルグが巻き込まれないという保証もない。
そう考えると気が急く。最初はゆっくりだった歩きも次第に早くなった。
そのまま歩くこと5分ほど、森も終盤に差し掛かったところで私は立ち止まった。
疲れたからではない。誰かが道に倒れている。
見た感じ女性のようだ。
髪の色は薄暗くて少しわかりにくいが、白銀のようである。
そして外傷は特に無いように見えるけど……、職業柄、周囲を警戒しつつ近づいていった。
「大丈夫?」耳元で声を掛けてみる。反応はない。脈は、あるようだ。
目立った外傷がなく、意識がないということは頭でも打った可能性がある。
どういう状況でそうなるかはわからないが、あまり下手に動かさない方が良いかもしれない。
一番良いのはここにウィーを呼んでくることだが、たちの悪い連中がここへ来ないとも限らない。
この場を離れるのはどうかとも思う。
さて……。
「その人、どうかしました?」
「……っ!」気づくと、私の3,4歩後ろの辺りに男が立っていた。
「……貴方は?」混乱しているのをどうにか鎮めながら声を出す。
少し震えてしまったかもしれない。
「あ、いえ。この辺りを散歩してしていたんですけど、貴方が見えたもので。
それより、そちらの方は大丈夫でしょうか」男が言う。
「わからない。特に怪我はしてないみたいだけど」ようやく落ち着いてきた。
数歩距離を取り、会話をしながら男を観察する。身長はそれほど高くない。
帽子を被っていて、隠れきれず飛び出している髪は黒。……黒?
「それなら、ひとまず森の入り口まで運んだ方が良いでしょうか。
この時間帯ならまだ人通りも少なくないはずですし……あの、どうしました?」
倒れている人の方から私の方を向き、怪訝そうな表情をこちらに向ける彼。
「……あ、あんたリルグ?」問わずにはいられなかった。
一日中身を粉にして探してやつがひょっこり現れたのだから。
この時ばかりは倒れている彼女の事は頭からすっかり飛んでいたことは言うまでもない。
「……いや?貴方が勘違いされてるんじゃ?」素知らぬ顔で話す彼。
これで惚けているのなら大したものである。しかし、黒髪は滅多にいるものではない。
こいつがリルグかどうかも気になるところではあるけど、
とりあえずは彼女の容態も気になるし、まずは彼の言うとおりに入り口まで運ぶのがベターだろうか。
「そうね。それは後で問わせてもらうとして。先に彼女を運ぶとしましょう。
ほら、あんたは脇の方を抱えて。私が足の方持つから」
「いや、それだとバランスが悪くないかな。あまり揺らすのは得策じゃないと思うけど、
5分くらいしか掛からないだろうし、背負って行ったほうが早いと思う」彼が言う。
「……そうね。急ぎましょうか。悪いけど、貴方が背負ってくれる?
身長はあまり変わらないけど、一応貴方男なんだから」
場合が場合だけど、少し意地悪く言ってみる。
それでも、こちらを向いて頷いて、何も言わず背負って歩き出す彼。
ふむ、案外真面目なやつじゃないか。少しだけ見直したぞ。
少し急いだため、3分も掛からず入り口まで辿りついた。
ここから診療所は歩いておよそ15分ほどの位置にある。
道は整理されており、街灯もある。ここなら人も通るだろうし、
ウィーを呼んで来てもらう事も、迎えを呼ぶことも出来る。
ここまで担いできたのだから、あと15分程度ならまた担いで行ってもいい気もしてきた。
「ねぇ、リルグ。どうす……、っ!」
彼のほうに振り向こうとした私の鼻と口を覆うように何か布のようなものが当てられた。
何故、と問う暇もなく、私の意識が急速に奪われていった。
完全に意識を失う寸前、「ごめん」と彼の声が、聞こえた、気が、した。 →次へ